以下の文章は北大山スキー部の部誌「むいね」に掲載するために書いた、部員向けの文章を少々手直ししたものです。
フリークライミング、あるいはロッククライミングと聞いて、皆さんは何を思い浮かべますか?裸の筋肉隆々の男が、ロープも何もつけずに岩壁を登っているところを想像していますか?あるいは「危険」・「命がけ」といった言葉を連想していますか?
このイメージは間違いではないですが、かなりの誤解をともなっています。危険になりうるスポーツであることには変わりはありませんが、ひとくちにロッククライミングといっても、さまざまなジャンルがあり、とても危険なものから、ほとんど一般的スポーツといえる安全なものまでさまざまです。命がけのクライミングをする人はごく少数であり、ほとんどが安全を確保するシステムのもとでスポーツとしてのクライミングを楽しんでいます。年齢・性別はもちろん関係なくはないですが、女性や年をとったひとでも、実際にクライミングを楽しんでる方がたくさんいます。みなさんも是非フリークライミングを楽しんでみませんか?
そもそものフリークライミングとは道具を使わないで、自らの手足だけで岩を登る行為をいいいます。このときのフリーとは、絵をかくときの「フリーハンド」と同じ意味です。、前進するための手段としては道具を使いませんが、まったく道具を使わないという意味ではなく、安全確保のためにロープ・ハーネス(安全ベルト)などの道具を使います。繰り返しますが、前進するためには道具を使いません。
この意味でのフリークライミングの対義語はエイドクライミング(人工登攀)です。エイドクライミングでは岩壁を登るために積極的に道具を使います。たとえば岩にボルトを打ち込んで、それを保持し、前進します。安全確保のためだけでなく、前進するための手段としても道具を使うわけです。
現在一般的に使われている「フリークライミング」には別の意味があり、このとき比較されるのは「アルパインクライミング」です。フリークライミングとアルパインクライミングの違いは明確ではないことも多いのですが、一般的にフリークライミングが大抵1ピッチ(10〜20m程度)で終わる短いものであるのに対し、アルパインクライミングは複数のピッチで、もっと長く一日かそれ以上かかるものもあります。
フリークライミングが登る行為(動き)そのものを目的とするのに対し、アルパインクライミングは登ること(頂上に着くこと)を目的とする場合が多くなります。ですから積極的に道具を使うこともあります。また、登る行為以外にさまざまな困難(脆い岩、落石、不安なプロテクション、高度感、天候など)が付きまといます。そこではフィジカルな強さだけでなく、メンタルな強さが求められます。
余計な困難を排除し、登る行為そのものを追及したのがフリークライミングで、それはもはや登山の一部というよりはスポーツであるかのようです。この意味でのフリークライミングはときにスポーツクライミング(正確にはスポートクライミング"Sport-Climbing")ともよばれます。
フリークライミングとアルパインクライミングで決定的に違うのはプロテクションに対する考え方です。フリークライミングではハンガーボルトなどの非常に強いプロテクションが用いられているのに対し、アルパインクライミングではハーケンやリングボルトなどのあまり強くないプロテクションが用いられています。これはフリークライミングでは「落ちる」ことを前提にプロテクションを整備しているのに対し、アルパインクライミングでは「落ちない」だろうからプロテクションは最小限でいいとしているからです。つまり、
最近ではフリークライミング・アルパインクライミングに加えて、「ボルダリング」というものも一般的なジャンルとして認めらるようになっています。ボルダリングはフリークライミングからさらに余計なものを排除し、純粋に登ることを追求したクライミングです。前述のフリークライミングではロープを安全確保のために用います(そのためロープクライミングなどと呼び、明確にボルダリングと区別することもある)が、ボルダリングではロープは用いません。「ボルダー」とは「大きな石ころ」を指し、高さ3〜4m程度までの比較的小さな岩・石を登ることを「ボルダリング」といいます。それほど高いところまで登るわけではないので、危険を感じたら自分から飛び降ります。ロープを用いないため気軽にはじめることができ、最近では若者にとても人気があります。
前述のとおりフリークライミングにはいくつかのジャンルがあります。作者が行っているのはスポーツに近い部類のクライミングです。誰かにクライミングの話をするときに、理解されがたいのは「なぜ登るのか?」、つまりその目的です。ロッククライミングというと、アルパインクライミング・ビッグウォールクライミングがイメージされがちなので、「どれくらい高いところを登るの?」、「どのくらいの距離を登るの?」、「危なくないの?」という質問をよくされるのですが、スポーツクライミングにおいてはこれらはあまり重要ではありません。ボルダリングにおいて登られるのは地上からせいぜい3mの「石ころ」に過ぎませんし、ロープクライミングにおいても距離はせいぜい20mで、それも安全な地上からのスタートです。さらにこれらは安全が確保された状態で行われています。ときにちょっぴり危険であることはあり、それがそのクライミングのおいて重要な意味を持つことはありますが、それでも命にかかわるような危険であることはほとんどなく、ちょっぴり怪我をするかもという程度です。スポーツなクライミングにおいて重要なのは高さ・危険さではなく、難しさです。つまり、より高い・危険なところではなく、より難しいところを登ろうとするわけです。より難しいところを登ること、それがフリークライミングの目的です。ときにそれはたった高さ2mの岩であることもあり、傍目には何が楽しいのかわからないかもしれないですが、それがスポーツなクライミングです。
さて、クライマーはいったいどこを登るのでしょうか?クライマーはなにもいきなり岩に出かけていって手当たり次第に岩を登るわけではありません。クライミングにジャンルがあるように、岩場にもそれにふさわしいジャンルがあります。以下は一般的スポーツなルートクライミングの岩場の場合の話です。岩場には通常、すでに整備された「ルート」というものがあります。ひとつの岩には登ることな可能なラインがたくさん存在し、それぞれ難しさがことなります。ガイドブックというものも存在し、どのルートがどのくらい難しいのかという情報もすでにあります。ルートには岩壁の途中に、すでにボルトが安全確保のための支点として打ち込まれてあり、クライマーはそれを利用して登ります。
誰がどうやってそのボルトを打ち込んだのかというと、最初にその岩壁の、そのラインを登りたいと思った人が、安全のためボルトを打ち込むわけです。何年、何十年も前のこともあります。登りながら打ち込むことは到底不可能なので、上からロープをたらし、それにぶら下がって電動ドリル等で岩に穴を開け、ボルトを打ち込みます。登られていない岩はとても汚いので、苔を落としたり、脆い岩をはがしたり、岩をきれいな状態にしてその開拓者はルートにトライします。登ることに成功したら、そのルートは雑誌等を通して一般にルートとして発表されます。
フリークライミングは落ちることを前提とした遊びなので、安全を確保するためのシステムが不可欠です。大まかに分けて3つのシステムがあります。初めはインドアでのボルダリングかトップロープがよいでしょう。
もっともシンプルなスタイルです。安全確保のために必要なものは特にありません。危険を感じたら飛び降ります。インドアであればほとんど危険はないと思いますが、アウトドアでは高い位置まで登らなければならなかったり、ランディングが悪かったりかなり危険になり得ます。
ルートの一番上に強固な支点をセットし、常に吊り下げられたような状態で登ります。フォールをしても落ちる距離はロープの伸びだけです。もっとも安全なスタイルです。
ロープを途中途中でセットしながら登るスタイルです。トップロープと異なり自らの手足だけで登っていることを実感できるでしょう。しかし、フォールすれば最後にロープをクリップした支点までの距離の2倍+ロープの伸び以上落ちることになります。それなりの危険をともないますのできちんとした技術・知識の習得が必要です。
フリークライミングのルートにはその難しさをあらわすグレードというものがつけられています。グレーディング体系は地域によってたくさんあります。日本で一般的なのは、アメリカのグレーディングで「5.11a」のようにあらわします。頭の「5」がフリークライミングであることをあらわしていて、「5.11a」は通常「いれぶん・えー」、「5.10b」は「てん・びー」のように読みます。New Zealandではオーストラリアと同じグレーディングシステムが採用されています。>> ルート・ボルダーグレード比較表
ボルダリングとルートクライミングを同じ土俵で比較することは困難なのでボルダリングのグレーディングというものもあります。日本では独自の「段・級グレード」が一般的です。
どんなところが難しいのか?よく想像されるのはものすごーくオーバーハングした壁を逆さまになりながら登っている姿です。でもオーバーハングが難しいとは限りません。公園の「うんてい」を想像してください。ひっくり返っていようが持つところが大きければ登れるわけです。逆に傾斜が垂直以下でもホールドがまったくなければ登ることは不可能です。一般的にはルートの難しさは壁の傾斜とホールドの大きさ・配置によります。グレードは登った人の意見によって決められるわけですが、やはりその人の体格・得手不得手によってかなり感じ方に差がでてしまい、客観的にはなりえないようです。また地域差もかなりあるようです。ですが十分目安にはなるでしょう。
インドアのクライミングジムに行きましょう。道具も借りれるでしょうし、スタッフが適切なアドバイスをしてくれると思います。次はクライミングシューズを買いましょう。大体1万円前後です。シューズとチョークがあればボルダリングはできます。ジムではさまざまな課題(たとえば赤色のホールドだけを使って登るとか)が設定されているので、それらの課題をクリアできるようにがんばりましょう。おそらく最初は腕がパンパンにはって、すぐ登れなってしまうと思いますが、そのうち上手な力の使い方を覚え、また筋力もついてきてどんどん登れるようになってきます。クライミングはたしかに(体重比の)筋力が必要ですが、基本的にはテクニックのスポーツだと思っていたほうが上達するでしょう。登れないのを筋力不足のせいにしていると筋力はついてもうまくはなりません。筋力がなくても自分より登れている人はたくさんいるはずです。
ボルダリングだけというのも悪くはないですがぜひリードクライミングにも挑戦してください。これらにはハーネス・ロープ・クイックドロー等のギアが必要になり幾分のお金もかかります。しかしクライミングは一度道具がそろってしまえばお金のかからない遊びです。最初は誰かに借りてもよいでしょう。
人工壁もおもしろいけど実際の岩場はもっとおもしろいです。よくわかっている人と外の岩に行きましょう。最初は上に回りこむかうまい人にかけてもらうかしてトップロープで遊びましょう。で、慣れたらリードに挑戦しましょう。フリークライミングの醍醐味はリードにあります。これは絶対です。リードしなくちゃおもしろみは半減だし、自分でリードできるレベルにならないとクライミングが個人単位のスポーツとして完結せず、誰かに頼ることになってしまいます。リードにはトップロープにはない様々な危険がありますが、ロープワークをしっかりマスターし、落ちたら危険なところをしっかりと判断し、そこではそれにあわせた登り方をすることができれば大丈夫です。コントロールされていれば、リードで落ちたとしても怪我などほとんどしません。トップロープでムーブをマスターしてからリードするのではなく、はじめてのルートでもリードで取り付いて、落ちれるところで落ちながらムーブを解決していくのが普通です。トップロープは初心者や、特別な危険(プロテクションが異様に遠いとか、濡れてて不意に落ちそうとか)があるとき以外はしないつもりでいきましょう。
クライミングはやはり危険なスポーツですから、初めのうちはよくわかっている人に教えてもらう必要があります。自分で自分にあったグレードのルートを選んで、初めてのルートでもリードで取り付けるようになったら一人前のクライマーといえます。ここまでくると本当にクライミングがおもしろくなります。ぜひここまでやりましょう。
今は人工壁があるから、昔に比べると上達はものすごくはやいらしいです。人工壁でパワーとムーブテクニックはすぐに身につきます。なかなか身につかないのは実際のルートで求められる消耗しないためのテクニック。そこは数多く実際の岩を登るしかないようです。繰り返しますが自分でルートを選び、リードできるようになると本当におもしろいです。ぜひそのレベルまでやってみてください!